my camera life

camera contaxRTS3 60mm 鹿児島錦江湾公園のバラ
薔薇の写真はポストカードにして販売していますのでロゴを入れさせてもらっています



camera屋さんになるまでの過程・・・その1

初めての職業この製麺工業は初任給が高かったので入ったのですが当時の社長さんや社長夫人には大変お世話になったのですが、なぜか自分らしさが生かせなかったので辞めてしまいました、前にも述べましたがなにせめんどくさがりだったのでしょうねぇ。

この時もcamera熱が強く社長さん夫婦もたくさん撮らせてもらいました。4切りくらいのパネルとかにして受け取ってもらいました、辞めるときつらかったですけど・・・。

この業種でも資格取得が必須みたいになっていて、またにがてな勉強か・・・という感じでほかにもいろいろと自分には納得いかない事が多くなってやめたのですが、未だに写真がきっかけでお付き合いだけはあるのです。

ごく最近ですがこの工場の撮影を依頼されて商品数点と工場内外のショットをデジタルcameraで撮影してDVDに収めて納品したばかりでした。

気に入ってもらえたかどうかは別として先代の社長への恩返しのつもりでのぞみました。
今思えばそのときの苦労が少しは今の自分の基礎となっているんだろうなあと思えることが多々あります。

まあどこにいてもでしょうがいろんな苦難があるんですよね、それに打ち勝ったものが勝利者なのでしょうね・・・。



そのころからcamera熱がだんだんますます高くなってついにやめてしまってから鹿児島富士カラーさんの今は無い小野現像所を知り合いに紹介してもらい筆記試験を受けたんですが、2週間待っても返事が来ないのでだめだったんだなあと思い別の職種を選んだのです。

それがやはり写真製版業という当時写真だけは意味がわかって後の製版業はちんぷんかんぷんで、まあ写真がつくからそんな様な写真の会社だろうと勝手に思い入ったのですが、ちょっと違った感じの業務でした。

写真は写真でも商業写真の原稿がほとんどでそれをドラムスキャナーといって一般に世の中で売られているものとは額も桁違いですが設備も当時はこれはすごいと感動するほどのものを使用してフイルムや写真原稿をデジタル化していやいや始めのころはそれをCMYKの4色にそのスキャナーで1色ごと網点のネガにしてそのときに各色に角度を15度30度45度90度と分解していました。

ちょっといやだいぶですね!説明が下手ですみません。まあ皆さん世に出ている印刷物の写真をルーペなどの拡大鏡でご覧になってください4色の網点が重なっているのがわかると思います。いやわかんないかもしれませんね・・・そういう私ももう15年以上も前のことになるのでうろ覚えで書いています。


でも製版時代にフォトショップというソフトと他にもあるのですがあと今どこの家庭にもあるデスクトップパソコンと初めて出会ったのですから何年前ですかねなんとフォトショップなどはVr1でマックでしか使用できずそのマックも非常に使いにくかったのを覚えています。
camera contaxRTS3 60mm 鹿児島錦江湾公園のバラ